松宮孝明参考人 意見陳述


2017年6月1日 参議院法務委員会での松宮孝明立命館大院教授による意見陳述を書き起こしました。

(注:小原美由紀さんの書き起こしではありません)

 

***********

 

今回のテロ等準備罪イコール共謀罪である、ということをあとでご説明いたします。

これは、その立法理由とされているTOC条約の批准には不必要です。

 

それにも拘らず、成立が強行されれば、なんらの組織にも属していない、一般市民も含めて、広く市民の内心が捜査と処罰の対象となり、市民生活の自由と安全が危機にさらされる、戦後最悪の治安立法となるだけでなく、実務にも混乱をもたらします。

 

まず本法案の共謀罪にある組織性も、準備行為も、過去に廃案となった共謀罪の、特に修正案に含まれておりました。また、認知件数においては一般の刑法犯の80%以上が対象犯罪になるという点でも、対象犯罪もあまり限定されていません。

その点では過去の共謀罪法案と同質のものです。

 

また、ここにある組織的犯罪集団は、テロ組織に限定されないことも明らかです。

テロと関係ない詐欺集団でも該当します。また最高裁の平成27年9月15日決定によれば、組織が元々は詐欺罪にあたる行為を実行する組織でなかったとしても、その性格が変わればこれに該当します。

 

その、「結合関係の基礎としての共同の目的」、による限定もあまり機能しません。

大審院の明治42年6月14日判決は、殺人予備罪における目的につきまして、条件付き未必的なものでもよいとした、とされています。したがって、これを当てはめますと、この組織はもしかして別表第三に定める罪をすることになるかもしれない、という認識でも、目的要件は満たされるのです。

この点では、本法案には、ドイツ刑法129条の犯罪結社罪のように、犯罪を「当初から第一義的目的としている団体に限定する」という明文規定がないのです。

 

もちろん、テロ等準備罪が共謀罪でないとする根拠はまったくありません。

そもそも、テロ等準備罪がTOC条約にいう「犯罪の合意を処罰する」ものであるなら、それが、これまでの共謀罪法案と明らかに別物になる、ということはありえないからです。

 

このTOC条約2条aには、「金銭的利益その他の物質的利益を直接、又は間接に得るため」という言葉があります。これは、本条約がマフィアなどの経済的組織犯罪を対象としていることを表しています。この点については、国連薬物犯罪事務局も、原則としてテロ集団対象ではない、と述べています。西村参考人が述べられたのは、あくまで間接的にテロ組織にもお金が流れるかもしれない、ということで、テロ対策にも繋がるかもしれないというだけのことです。故に本法案がテロ対策を目的とするものになるはずはありません。

 

この条約の狙いは、外交ルートを経由しない犯罪人引き渡し、捜査、司法共助にあります。条約第1条に書いてます。これらの国際協力には相罰性、すなわち引き渡す国でも当該行為が犯罪であることが必要です。本条約は、そのために共謀罪、又は参加罪の立法化を要請しているのです。

 

ところで、国際協力の対象となるような犯罪では、それが共謀、それから中立的な準備段階行為にとどまっている、ということはほとんどありません。そのため犯人引き渡しを求められるような共謀罪容疑者は、たいてい実行された犯罪の共犯となりうるのです。この点については、東京高等裁判所の平成元年3月30日決定が、相罰性を考えるに当たっては、単純に構成要件に当てはめられた事実を比べるのは相当ではない。構成要件的要素を捨象した社会的事実関係に着目して、その事実関係の中に我が国の法の下で、犯罪行為と評価されるような行為が含まれているか否かを検討すべきである、と述べて犯人引き渡しを認めていました。つまり、国際協力の対象となるような重大犯罪につき、このように実質的に見て、処罰の間隙が無ければ、共謀罪立法は不要なのです。すなわちこれは、共謀罪の立法理由にはならないのです。

 

しかし、一つ注意すべきことがあります。国際協力の点では、本条約16条7項に、犯罪人引き渡しのために、最低限必要とされている刑に関する条件、および請求を受けた締約国が犯罪人引き渡しを拒否することができる、と定められていることが、我が国にとって大きな問題になります。要するに、死刑に相当する、真に重大な犯罪の場合、我が国は死刑廃止国から犯人の引き渡しを受けられないのです。ロシアも加盟しているヨーロッパ人権条約や、ブラジルが加盟している米州死刑廃止条約を考えれば、これは深刻な問題です。法定刑に死刑のある凶悪犯の被疑者が、それらの国に逃亡したなら日本には引き渡されませんから、事実上処罰を免れることができることとなって、日本国内の治安維持、その他の刑事政策に対して、大きな障害となるからです。現に我が国は1993年スウェーデンから犯人引き渡しを拒否されたことがあります。つまり、TOC条約による国際協力を真剣に考えるならば、共謀罪を作るより死刑廃止を真剣に考える必要があるのです。

 

ここからは、本法案にある組織犯罪処罰法第6条の2 第1項及び第2項の解釈を検討します。

 

まず組織的犯罪集団の定義ですが、テロリズム集団という言葉は、「その他の」とあるように単なる例示であって、限定機能はありません。TOC条約2条aの定義では、組織的犯罪集団とは、3人以上の者から成る組織された集団であって、一定の期間存在するものであればよいので、3人で組織された、リーダーの存在する万引きグループでもこれに当てはまります。

 

他方、法案には、TOC条約2条aにある「直接又は間接に金銭的利益その他の物質的利益を得るため」、という目的要件が欠落しています。

 

また、その「結合関係の基礎としての共同の目的」、という文言では、ドイツ刑法129条のように、組織設立当初からの「第一次的目的に限定」されるという保証がありません。

 

別表第三の対象犯罪の選択も恣意的です。保安林での無断キノコ狩りは含まれて、公職選挙法221条222条に規定する多数人買収、及び多数人利害誘導罪や、特別公務員職権乱用罪、暴行陵虐罪、それから様々な商業賄賂の罪が除かれる理由はありません。

 

なお、先に述べたように、この点では今回の法案は、TOC条約を文字通り墨守する必要はない、という立場をすでにとっているということは、明らかです。

 

さて、遂行を二人以上で計画した主体、は団体や組織でなく自然人です。またこの文言では、計画をした人物が組織に属する者であることを要しません。組織的な犯罪の計画を作り、組織に提案する人物でも対象となるからです。なお、ここにいう計画は、共謀共同正犯にいう共謀とほぼ同じ意味だ、という答弁が過去ございましたので、例えばAさんとBさんが相談し、次にBさんとCさんが相談するという順次共謀でも成立します。そして順次共謀を介せば、見知らぬ誰かによる準備行為が行われても、一網打尽にできる、という構造になっています。準備行為は「なになにした時」という規定ぶりから見て、詐欺破産罪にいう、破産手続開始の決定が確定した時と同じく、客観的処罰条件です。資金又は物品の手配、関係場所の下見、は単なる例示であり限定機能を有しません。したがって対象犯罪を実行するための腹ごしらえ、のような外見的には中立的な行為でもよいことになります。この場合、共謀罪の成否は、どういうつもりで食事をしたかという内心に左右されるため、実質的な内心処罰になります。

 

この点では、偽造という問題行動があったうえで、行使の目的を見当する目的犯、通貨偽造罪や文書偽造罪などの目的犯とは質的に異なる、行為主義違反の規定です。しかも捜査機関によって、準備行為とみなされるものは無限にあるため、そのうち誰が検挙され、処罰されるかは、法律ではなく、その運用者によって決まることになります。これは、近代法の求める法の支配ではなく、運用者による、人の支配です。

 

実行に着手する前の自首による必要的減免は、反省して実行を中止しただけではこれを満たしませんし、反対に、反省は不要で、密告、裏切りによる自主でも構いません。さらに密告された場合、冗談であったという抗弁の立証は困難ですので、冤罪の危険は極めて高い、ということになります。

 

また法案の第6条の2 第2項では、計画の主体が組織内の者に限定されないことは明らかだと思います。

 

共謀罪がこのままの形で成立した場合に予想される実務上の混乱は、相当なものになると思われます。まず窃盗の実行に着手したものが、自己の意思で中止した時は、窃盗罪の中止未遂として、刑の必要的減免を受けますのに、窃盗の共謀罪としてはなお2年以下の懲役に処される、免除の可能性がなくなるのか、という問題があります。この点につき共謀罪は、未遂罪に吸収されるので、中止未遂が優先されると、法制審議会ではそういう理解をしてたんですが、そのように理解したとしても、未遂処罰規定のない罪の共謀、これは対象犯罪の内の140ぐらいあります。この共謀では、その実行の着手前に中止した者も、共謀罪を吸収する未遂罪がないので、刑の免除の余地がなく、共謀罪として処罰されてしまいます。例えば傷害罪の共謀だと、実行に着手したが怪我をさせる前に反省してやめたとしても、5年以下の懲役または禁錮になります。このようなことでは、犯人を引き返させて被害者を救うという刑法の機能が害されます。これは未遂処罰規定のない罪について、共謀段階で処罰することの矛盾の一つです。ついでに言えば、傷害罪には罰金刑も選択刑としてあるんですが、傷害罪の共謀には罰金刑がないという矛盾もあります。

 

次に、親告罪の共謀罪の親告罪化です。告訴権は刑事訴訟法230条により、まずは犯罪により害を被った者が持ちます。しかし共謀段階では、誰が害を被ったということになるのでしょうか。狙われた人物ですか?狙う相手が不特定の時はいったいどうするのでしょうか。つまり告訴権者がいないという親告罪になるわけですね。これも又、既遂、未遂、予備という実害に近い行為から順に犯罪化するという刑法の原則を破ったことによって生じた矛盾です。強姦罪などを除き、親告罪というのは基本的には軽微な犯罪なのですから、これを共謀罪の対象にしてしまったこと自体が、すでに矛盾だということになります。

 

最後に、凶器準備集合罪という、刑法を学んだ人なら誰でも知っている罪を例にとって、法務大臣と刑事局長が、当時、暴力団にしか適用しないという答弁をしたのですが、これが裁判所を拘束しなかったという指摘をしておきましょう。暴力団以外の学生団体の凶器準備集合にも適用されました。

 

それから、衆参両院での付帯決議も裁判所を拘束しませんでした。なぜなら憲法76条3項は、裁判官は憲法及び法律のみに拘束される、と規定しているからです。つまり本当に裁判所を拘束したいのであれば、付帯決議ではなく法律に明記しなければならないのです。この点は、弁護士の先生方が非常に懸念されていますが、新設される予定の組織犯罪処罰法案7条の2にある、証人等買収罪の乱用の危険に対する対応にも同じことが当てはまります。

 

さて、共謀罪が成立すれば、現行通信傍受法3条1項3号により、共謀はすぐさま盗聴の対象となる可能性があります。

しかし、日本語しかできない警察組織が用いる共謀罪は、日本語を話す人々のプライバシーは侵害しますが、見知らぬ外国語で意思疎通をする国際的な組織は相手にできません。こんなものでテロ対策などと言われたら、多分諸外国に笑われると思います。それよりも多様な言語を操れる人、そういう人材をリクルートするなど警察組織の改革の方が、私は大事だという風に思っております。

 

なお、条約と国内法整備との関係については、例えば国際刑事裁判所規定などがございますけれども、日本政府は必要な国内法整備をしないで条約を締結するということは、過去多々やってきました。本当に何が必要かどうかは、実際先にTOC条約を締結したうえで、運用してみて具体的に検討すべきではないかという風に思います。

 

以上で私の意見陳述を終わります。